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2010年6月29日 (火)

ジャパンブルー 《ドーハの悲劇》から17年

今日は朝日新聞のホームページが「ジャパンブルー」に染まっています。
Asahi
目がチカチカしますが, まぁ良いでしょう。今日のFIFAワールドカップ, 南アフリカ大会, 決勝トーナメント, 日本-パラグアイ戦の放送はTBS系列ですが民放全体でワールドカップを盛り上げよう!とかの意図でしょうか?

私は大のサッカーファンです。と言ってもA代表とかの日本vs外国勢の試合しか見ませんが。
1993年にJリーグが発足, プロのリーグ戦がスタートしました。私はそれまでサッカーには全く興味が無かったのですがテレビで度々取り上げられたことで三浦和, ラモス, ゴン中山など個性ある選手の顔と名前を覚えました。そして同年にワールドカップアメリカ大会のアジア最終予選が開催され, TVで見ていた選手が海外で戦うと言うことで中東カタールのドーハで開催された最終予選を眠い目をこすりながら連日夜中の1時ころに見ていました。日本はイラクとの最終戦を勝てば初のワールドカップ出場, Jリーグの開幕に花を添えると言う大一番を迎えました。試合は1点勝ち越しで後半のロスタイムとなり勝利を確信した残り1分のところで何と点を入れられ同点となりました。その瞬間, 日本の選手はピッチに倒れ込みしばらく起き上がることが出来ませんでした。形勢逆転出来ず試合はそのまま終わり, 他出場国との得失点差により土壇場でワールドカップ行きの切符を逃した, いわゆる「ドーハの悲劇」として語り継がれています。リアルタイムで見ていた私自身もロスタイムのあの瞬間は頭が真っ白になり, 眠気と脱力感で当日は仕事に手がつかなかった記憶があります。この出来事が最初のスイッチでした。

ドーハの悲劇


以来, ワールドカップの最終予選通過がサッカーに関わる方やファンの悲願となりましたが, 4年後の1997年に開催されたフランスワールドカップのアジア最終予選ももつれました。この年のアジア最終予選はホーム&アウェー方式, 3.5枠となり, 日本国内で予選がおこなわれたこともあり大変な盛り上がりとなりました。一進一退の日本は2枠内での出場を果たせず, 日本の監督交代とマレーシアのジョホールバルでイランとの3枠目を争う一発勝負と言う展開になりました。この試合は日本からマレーシアに多くのサポーターが怒濤のごとく押し寄せスタジアムに入れない人も出るほどの殆どホーム状態でおこなわれ, 延長戦の末, 勝ち越しゴールを決め, 初の本戦出場を果たすと言う非常にドラマ性の高い展開で終わりました。ドーハの悲劇から4年, 「ジョホールバルの歓喜」として伝説が生まれました。私自身もこのゲームでえらく盛り上がって完全にサッカーファンとなったしだいです。

ジョホールバルの歓喜


その後の日韓大会, ドイツ大会と強豪国のプレーを見てきて, とても世界には叶わない, 今年の南アフリカ大会も正直, 決勝トーナメントに進むことは出来ないと思っていました(岡ちゃん, ごめなさい)。でも, いざ始まってみるとすごくチームのまとまりが良いですね。ドーハの悲劇から17年。新たなステージに登れるか? ココロして応援しましょう!

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